2013年4月5日金曜日

【TORCH Vol.015】人それぞれにあった読書から得る“灯”


教授 遠藤保雄

 率直にいって、私は読書が苦手だ。いやむしろ嫌いだと言ってよい。小さい時に我が家に本らしい本が一冊もなく本を読みふけったなどという記憶はない。それ以上に自らの性格がそもそもブキッチョなことも影響している。本を読み始めると自分の感性にあった表現に出会うやそこで立ち止まりあれやこれや考え込んでしまう。そして、遂には自らの考え方を整理しはじめる。もちろん、先には進まなくなり、一冊読み終えるのに相当の時間を要してしまう。その結果、読書とは難行苦行を意味し、否が上にも好きといえない作業となる。

 読書に目覚めた、否、関心を持たざるを得なかったのは、確か中学の高学年の時である。淡き恋心を抱いた同級生が文学少女風に色々小説を語っていたこと…こりゃーいかんと、文学少年振る必要に駆られた。付け焼刃である。もちろん身に付くはずはない。

 高校時代に新聞部に属した。何か社会問題に関心を有し、いっぱしの分析屋になりたかったからかもしれない。ここで、先輩、同級生、下級生の多くの読書家に出会う。彼らの口からはドフトエフスキーがどうの、トルストイがああだ、スタンダールはこうだ、ビィクトル・ユーゴーの世界とは、そしてジイドとは…と聞いたことのない世界が次々と飛び出した。この野郎と思いつつ、陰で『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『アンナ・カレーニナ』『赤と黒』『レ・ミゼラブル』『狭き門』などを乱読した記憶がある。その動機は、話を合わせなければというものではあった。しかし、そこには、今までにない大きな感動があり、登場人物に自らを重ねてそこに自分の化身が投影されているなどと大人ぶった反応が自らの体の中から湧き出てきた。そして、いつしか本に対峙し、本に没頭していくというものに変化していった。

 大学生時代は、柴田翔『されど われらが日々―』が我々の世代を席巻した。今、スポーツや運動を専門とする大学に席を置く身だが、我々の学生時代、「運動」とは「学生運動」を指した。そして、全共闘のゲバルト(暴力)を描いたこの小説は、“我が国の体制変革・良くしよう日本”を夢見た若者の心をとらえた。

 大学を卒業すると、その多くは企業戦士に変身していった。高度成長期からニクソン・ショックと2度のオイル・ショックという世界経済の変化を経て我が国経済は安定成長期に移行した。そんな中、米欧を凌駕する形で追いつけ追い越せの勢いを胸に、夜を徹して働く企業戦士の一群が形成されていった。勤務初日から、午前様。土曜日も夜の10前に帰ったことがない日々が続くことはざらである。仕事が早く終わる日でも、上司から麻雀につきあうことが求められ、断らないのがルールであった。従って、唯一の休日、日曜日は、いかに睡眠をとるかが重要な課題となった。東京に出て地下鉄というトンネルを通って通勤するものだから、何年たっても東京都はいかなるところなのか、さっぱり分からない。加えて、読書の時間はめっきり減った。寝ること、喰うことが先であった。

 そんな中、自然の摂理に従い、人の命に直結する食料・農業関係の仕事をしている自分にとり、極めてショックな本に接した。レイチェル・カーソン『沈黙の春』である。農薬の自然生態系破壊を鋭く描いていた。生産性の低い農業をどう効率化するか…それのみ心を砕いていた自分の頭を鉄棒で叩かれる思いであった。有吉佐和子『複合汚染』はそれに輪をかけた。すごい論理力と分析力、そして、説得力に圧倒された記憶がある。以来、有吉佐和子の論理的な小説に嵌った。『紀ノ川』『出雲の阿国』『華岡青洲の妻』などなどである。

 企業戦士にとり、純文学はまどろっこしいし、頭に入らない。人の生きざまを鋭く描く小説に引きつけられた。疲れた時に、時を忘れ、自らを鼓舞する力が欲しかったのかもしれない。言わずもがな、その人は司馬遼太郎である。山内一豊とその妻を描いた『功名が辻』、日露戦争に身をささげ明治天皇と共にこの世を去った乃木希典を描いた『殉死』、そして、『坂の上の雲』『竜馬が行く』『菜の花の沖』などを通勤の途中、仕事から解放される電車の中でむさぼり読んだ。

 山崎豊子の小説もその一つだ。閨閥を軸として動く銀行を舞台にした『華麗なる一族』、商社の海外ビジネスの展開の苦闘を描いた『不毛地帯』、大学の権威の象徴医学部での狭く息苦しい権力闘争『白い巨塔』などを、他のビジネス戦士と同様、のめり込んで読んだ。

 企業小説の雄、城山三郎の作品も疲れをいやすものとなった。『鼠 鈴木商店焼打ち事件』、ミスター通産省といわれた“ドン”佐橋滋や“国際は官僚”山下英明など実在した通産官僚の姿が手に取るように分かる『官僚たちの夏』、民間人として太平洋戦争の戦犯として唯一絞首刑に処された職業外交官、広田弘毅を描いた『落日燃ゆ』、経済成長の中、日本人の食生活に大きなインパクトを与えた外食チェーン店『ロイヤルホスト』の創始者江頭匡一を描いた『外食王の飢え』など、その生きざまは、打つものがあった。そのような小説に深い思想性があるのかという問いかけは当然にあるであろう。しかし、置かれた環境の中で、ある意味で、それなりに必死に生きてきた局面で、その生きざまが心を打ったのは否定しえない。いわば、それが人それぞれにあった読書から得る“灯”なのではないだろうか。

 国連農業食料機関(FAO)に身を置いているときの2008年、世界的な食料危機に直面した。そのあとを受け、FAOはそのレポート『2050年に地球は人を養えるのか』という極めて野心的な問題を提起した。人口が現在の70億人から90億人に増え、その大半が途上国での人口増であり、かつ、これらの人々は高い経済成長の下、その食料の消費を増加させるのみならず、現在の先進国同様、高級多様化した食事を追求していくことが見込まれている。現に、中国、インド、ブラジルなどのBRICSと言われる諸国はその先行指標になっている。このレポートが出されて以来、ずっと考えていることがある。それは、第2次大戦後のいわゆる「戦後世界」が北の先進国主導のものから途上国による牽引の形に大きく変わりつつある。問題は、その転換点は、いつからであったのか、そして、世界はここからどこに誰が主導して進んでいくのか、しかも、Sustainable development 即ち、エネルギー開発や食料・鉱工業生産、IT・金融・投資をはじめとするサービィス産業の経済社会の席巻が進む中で、自然環境の保全を図りつつ持続可能な形で発展は可能かである。

 そんな疑問を抱く中、英国の歴史学者O.A.ウエスタッドの『グローバル冷戦史:第3世界への介入と現代世界の形成』を手にしえた。著者は、戦後の冷戦構造とは超大国米ソ間のグローバルな対立が国際情勢を支配したものであり、それは東西対立と米ソ間のアジア、アフリカ、ラテンアメリカといったグローバルな多数派である第三国の支配を巡る覇権争いという形をとったと定義する。但し、著者は、それは所詮二つの対立する“ヨーロッパの近代思想”に基礎をおいた対立であり帝国主義との違いは「搾取や制圧」ではなく「統制と改善」であった、その枠組みの中で第三世界の支配者は資本主義と共産主義に代わる「第3の道」を追求したものの実態は米ソのいずれかの開発モデルと手を組み時として途上国の人民の生活の破滅的結果をも生んだ、と分析する。そして、今日、この第三の世界が世界の成長の牽引車として台頭し始めている。これは冷戦構造が崩壊した1990年前後には考えもしなかった事態だが、この21世紀に支配的となろうとしている。

 その世界に仙台大学の学生諸君は、生き残りをかけた戦士として道を歩まざるを得ない。その際、いかなる道を開拓していくべきなのか…。学生諸君の感性にあった書籍を手に取り、一人一人の生きるべき道の“灯”とはなにかをじっくり議論し共に学んでいけたらと念じている。

所蔵Information <図書館で探してみよう!>

  • 『罪と罰』(世界文学全集16巻〜17巻) ドストエフスキー 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『カラマーゾフの兄弟』(世界の文学17巻〜18巻) ドストエフスキー 中央公論
    908 S 図書館2階
  • 『アンナ・カレーニナ』(世界文学全集18巻〜19巻) トルストイ 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『赤と黒』(世界文学全集2巻) スタンダール 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『レ・ミゼラブル』(世界文学全集6巻〜8巻) ヴィクトル・ユーゴー 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『狭き門』(世界文学全集26巻) アンドレ・ジッド 新潮社
    908 Si 図書館2階
  • 『沈黙の春』 レイチェル・カーソン 新潮社
    519 Ca 図書館2階
  • 『複合汚染』 有吉佐和子 新潮社
    498.4 As 図書館2階
  • 『坂の上の雲』 司馬遼太郎 文芸春秋
    913.6 Sr 図書館2階
  • 『華麗なる一族』 山崎豊子 新潮社
    913 Yt 図書館2階
    『官僚たちの夏』 山崎豊子 新潮社
    913.6 Ss 図書館2階
  • 『グローバル冷戦史:第3世界への介入と現代世界の形成』 O・A・ウェスタッド 名古屋大学出版会
    319.02 We 図書館2階