2017年5月26日金曜日

【TORCH Vol.094】 限界的トレーニング

黒澤 尚
 
 
 超一流になるのは、「才能」だと思う?「努力」だと思う?
 
 そんな質問を投げかけると彼女達の多くは、心の奥底では才能と言いたい気持ちを抑えながら「努力」と答えてくれた。彼女達の中には潔く「才能」と即答した者もいた。
 これは私が大学日本女子代表チームのコーチをしている時、あるミーティングでの選手とのやりとりである。 

 なぜ、どんな分野にも驚くほど優れた人というのが存在するのだろうか。
 
 スポーツ、音楽、科学、医療、ビジネスなど、どこにでもその才能で周囲を圧倒するひとにぎりの傑出した人たちが必ずいる。そんな優れた人に出会うと、当然ながら私達凡人は、生まれつき人並以上の何かを持っていると考える。「彼は才能に恵まれている」、「彼女には本物の才能がある」というように。
 
 だが、本当にそうだろうか。世の中にはスポーツ選手、医者、教師、営業マンなどそれぞれの分野でエキスパートとして突出した成果をあげる特別な人が存在している。しかし、こういう人たちには特別な「才能」があることは間違いないが、むしろそれよりはるかに強力であること、そして何より重要なのはこの才能はあらゆる人に生まれつき備わっていて、適切な方法によって引き出せるものであることが心理学的研究や事例から少しずつ明らかになってきた。
 
 今回、紹介するフロリダ州立大学心理学部教授アンダース・エリクソン著『超一流になるのは才能か努力か?』という本には、その適切な方法によって素晴らしい才能を引き出した様々な研究成果と事例がまとめられている。
 
 この本にまとめられている、ある事例を紹介する。
 
 音楽界で神童・モーツアルトが持っていた絶対音感は、ある人だけが持つ特別な才能と考えられていた。しかし、心理学者の榊原彩子は、二歳から六歳までの子ども二十四人を集め、ピアノで演奏される和音(コード)を音だけで聞き分けられるようにするため、数か月に渡ってあるトレーニングを実施したところ、全員が絶対音感を身に付け、ピアノで演奏される個別の音符を正確に識別できるようになっていた。
 
 七ケタの数字を覚えるのが限界であったごく平凡な記憶力しかない学生がいた。しかし、彼は心理学者と共にあるトレーニングを繰り返し行ったところ、最終的に八十二ケタも記憶することができた。
 
 上記に記した適切な方法、あるトレーニングのことを「限界的トレーニング」と言う。限界的トレーニングとは、その人の限界を少し超える負荷を与えることであり、人間の脳と身体にもともと備わっていた適応性を活かし、新たな能力を生み出していくものである。
 
 私達大学教員は日々、教育現場に立ち、様々な視点からその学生に適した教育・指導を試み模索しているが、その分野において才能がある、ないと一言で片づけてしまうことも少なくない。この本にはそんな考え方を払拭し、教育、スポーツチーム・選手の指導、仕事、子育てなど様々な分野に応用できる数多くのヒントが隠されている。また、自分をブラッシュアップしたいと考えている方にぜひ読んでいただきたいお勧めの本である。

 私達大人がそれぞれの分野において工夫された限界的トレーニングを実践し、今、目の前にいる人の人生の可能性を切り拓く一助となればこれは大変素晴らしいことだろう。

2017年5月16日火曜日

【TORCH Vol.093】 スポーツの美しさ


                                         高橋 徹


 去る8月、熱狂と感動とともにリオデジャネイロ・オリンピックが閉会しました。今大会も日本人選手の活躍には目覚ましいものがあり、毎日眠い目を擦りながら、夜遅く(朝早く?)までテレビにくぎ付けになった方も多かったのではないかと思います。 

 さて、今回のオリンピックでのアスリートのプレーの数々を皆さんはどの様な観点で観ていたでしょうか?金メダルを目指して勝ち負けを競い合う様子に一喜一憂したでしょうか?一人ひとりの選手が背負うヒューマンヒストリーに感動したでしょうか?競技の専門家としてトップアスリートのプレーを分析していたでしょうか?知人や友人が出場していたためにまるで家族のように応援していたでしょうか?‥など。アスリートのプレーを観るという行為には人それぞれに多様な形があります。そのようなスポーツの観方の一つとして、アスリートのプレーの中に“美しさ”を見出すという変わった観方があります。 

 内村航平選手の鉄棒演技の着地の瞬間、男子陸上4×100mリレーのアンダーハンドパスの淀み無い繋がり、錦織圭選手のラリーの攻防後のドロップショットによる空間の静寂、柔道選手が一本勝ちを収める瞬間の技の繰り出し、今回のオリンピックにおいても沢山の美しいプレーを目にすることが出来ました。また、オリンピックに限らず、日頃テレビで目にするスポーツの中にもその美しさは存在します。野球選手が守備で見せる二遊間の球捌き、フットボールチームが見せる幾何学模様を描くかの如くのパス回し、あるいはイチロー選手がプレー中に見せる(魅せる)一連の所作、横綱が見せる立合いの所作など、枚挙に暇が無いほどに、スポーツにおける“美しさ”に私たちは魅了されているのです。

 今回ご紹介する長田弘編『中井正一評論集』に収められた数編のエッセーは、そのようなスポーツにおける“美しさ”の構造を見事に解明して見せてくれます。この本は美学者である中井正一の18編のエッセーが収められた一冊であり、その中でも特に『スポーツ気分の構造』『スポーツの美的要素』『リズムの構造』『美学入門』の4編には、スポーツにおける“美しさ”の様相が書き記されています。中井自身は明治の生まれであり、またその文章の多くが脱稿されたのも戦前(昭和初期)ということもあって、表現などに若干の古めかしさは感じられますが、現代を生きる私たちにとってはその文体のおかげでより深く文章に惹きつけられる気さえします。さて、『美学入門』の一節を紹介しましょう。 

ボートのフォームなどは、あの八人のスライディングの近代機械のような、艇の構造に、八人の肉体が、溶け込んで、しかも、八人が同時に感じる調和、ハーモニー、「いき」があったこころもちが、わかってこないと「型」がわかったとはいえないのである。しかも、それがわかった時は、水の中に溶け込んだような、忘れようもない美しいこころもちなのである。よく「水ごころ」とか「ゲフュール」などど、ボートマンがその恍惚とした我を忘れるこころもちを呼んで楽しむのである。それはまた他の人が見ても、近代的な、美しいフォームなのである。この気分が八人の乗りてに一様に流れてくる時、ひとりでにフォームは揃ってき、ゆるがすことのできぬもの、一つの鉄のような、法則にまで、それは高まってくるのである。 

 私はボート競技をしたことがありませんし、湖で漕ぐレジャーボートに乗った経験がある程度です。しかし、この文章を読むことで、先日のオリンピックでも行われていたボート競技の選手たちの心持や、その競技を観て素人である私であっても美しさを感じることのできた理由が少しは理解できるような気がします。

 スポーツを観ていると、とかく勝ち負けという結果にのみ目が行きがちになってしまいますが、勝か負に至るまでのプレーの中にもスポーツを観る面白さが潜んでいるのかもしれません。スポーツのプレーに“美しさ”を感じたことのある方はもちろん、そんな事を気にしたことがない方にとっても、この本はお勧めの一冊です。 

長田弘編『中井正一評論集』岩波文庫(青帯)

※『美学入門』はそれだけで一冊で上梓され、中井正一著『美学入門』朝日選書 としても出版されていますが、『中井正一評論集』の方が安価、且つ他の作品も併せて読めるのでお勧めです。

2017年3月29日水曜日

リレーエッセイ(Torch)の書燈掲載年月対比表(Vol. 1-92)


リレーエッセイ(Torch)の書燈掲載年月対比表(Vol. 1-92)
 

3 2017 (2) Vol.91~92

11 2016 (1) Vol.90

10 2016 (3) Vol.87~89

6 2016 (1) Vol.86

4 2016 (4) Vol.82~85

2 2016 (2) Vol.80~81

12 2015 (6)Vol.74~79

10 2015 (2)Vol.72~73

5 2015 (3)Vol.69~71

4 2015 (2)Vol.67~68

3 2015 (2)Vol.65~66

2 2015 (2)Vol.63~64

12 2014 (1)Vol.62

9 2014 (2)Vol. 60~61

7 2014 (4)Vol.56~59

6 2014 (4)Vol.52~55

3 2014 (11)Vol.41~51

12 2013 (7)Vol.34~40

10 2013 (5)Vol.29~33

8 2013 (3) Vol.26~28

7 2013 (5) Vol.21~25

6 2013 (3)Vol.18~20

5 2013 (2)Vol.16~17

4 2013 (1)Vol.15

3 2013 (4)Vol.11~14

2 2013 (4)Vol.7~10

12013 (3)Vol.4~6

122012 (3)Vol.1~3

 

 

 

 

2017年3月15日水曜日

【TORCH Vol.092】 古典的名著に触れる楽しさ

                                                                   久能 和夫


Ⅰ 「プラトン全集9 ゴルギアス メノン」 藤沢令夫訳 岩波書店
       1974年11月5日発行
Ⅱ 「メノン」  プラトン著 藤沢令夫訳 岩波文庫
     1994年10月17日発行 
 
Ⅲ 「メノン-徳(アレテー)について」 プラトン著 渡辺邦夫訳 
        光文社古典新訳  2012年2月20日発行 


 
 古典的名著と言われる書物を読むおもしろさは2通りあるのではないかと思っている。一つは,原文(と言っても,私の場合は日本語訳された文章であるが)そのものを自分好みで読み通していくこと。もう一つは作品に付けられている訳者による丁寧な「脚注・解説」文を参照しながら読んでいくおもしろさ。因みに,Ⅱ藤沢訳とⅢ渡辺訳の文庫本で比較してみると,Ⅱは本文138頁に対して解説部分は45頁。Ⅲに到っては本文134頁に対して解説部分は何と110頁にもなっている。
 プラトンが残してくれた数々の対話篇は,後者の訳者解説に導かれながら読み進めていく楽しさを与えてくれる作品の数々である。
 プラトンが残した30余りの対話篇。どの作品にも難解な哲学用語が使われておらず,読み易い文章である。しかし,それは表記上のことであって,対話篇全体に流れている「哲学的問い」は,21世紀の現代においても私たちを魅了し続ける内容に満ち溢れている。
 
 道徳教育論の講義の中で「徳について」を考えさせるために,プラトンの「メノン」を取り上げた。講義後に学生が提出した感想の中で「矛盾している」という言葉が目を引いた。「有るもの『徳とは何かという答え』を求めているのに,『それは無いのだ』と返されることは矛盾している」という内容であった。
 学生が指摘してきた「矛盾している」は,まさに当を得ている。何故ならば,問いを発したならば「解」があると捉えるのが学びとしてのセオリーである。授業の中で示された哲学の名著の中で問われている「徳とは何か」という命題に対して,ある意味において崇高なる古典的「解(定義)」を期待するのは当然の帰結であろうと言うことである。
 
 「メノン」は,プラトン哲学の入門書とも言われ,また哲学とはどういうものなのかについて考える最良の一冊でもあると言われている。'the gem’とイギリスの哲学者J.S.ミルに評されたこの作品はプラトンの著作の中で,もっとも読み易い部類に属する。
 「メノン」はプラトンの「初期~中期」への移行期の作品と言われている。初期の作品は,ソクラテスの対話を再現することに重点が置かれていた。移行期のこの作品で,プラトンはソクラテスの問いをメノンの問いに対比させることにより,それまでの単なる再現からもう一歩踏み込んだプラトン自身のソクラテスに対する想いが伝わってくる。
 私と「メノン」の出会いは,大学3年の秋であった。明確に記憶している理由は単純で,Ⅰに掲げた「プラトン全集第9巻」を入手したからである。大学生ならば哲学のひとつぐらいは語れなければならないだろうという気持ちで購入していた「プラトン全集」。数ある対話篇の中で,「メノン」に強く心を引かれた。それは,二十歳前後の若者(メノン)が老哲学者(ソクラテス)に果敢に論戦を挑む構図が心地よく,その展開に引き込まれていったのだろうと今振り返ってみると感じられる。
 
 「メノン」の冒頭部分。他の対話篇と比べてもかなり刺激的な入り方である。二十歳の若者がいきなり,六十歳を過ぎたソクラテスに唐突な質問をぶつけるところから始まる。
 藤沢訳では,次のように表現されている。
こういう問題に,あなたは答えられますか,ソクラテス。  人間の徳性というものは,はたしてひとに教えることのできるものであるか。それとも,それは教えられることはできずに,訓練によって身につけられるものであるか。それともまた,訓練しても学んでも得られるものではなくて,人間に徳がそなわるのは,生まれつきの素質,ないしはほかの何らかの仕方によるものなのか…」。
 私が初めて読んだのは藤沢訳であった。自分自身の年齢と重ねてストレートな物言いをするメノンに対する憧憬が強い引きつけとなって作用したのだろうと思う。
 藤沢訳が出されてから約40年近くを経て出された渡辺訳は全体のトーンが優しくなっている感をもった。藤沢訳との比較のために冒頭部分を示してみる。
「ソクラテス,あなたにおたずねします。お答えください。徳(アレテー)は教えられるものでしょうか?それとも訓練によって身につくものでしょうか?それとも徳(アレテー)は,訓練によって身につくものでも学ぶことのできるものでもなくて,生まれつきか,何かまた他のしかたで人々に備わっているものなのでしょうか?」
 
 J.S.ミルをして 'the gem’と評された「メノン」。二人の訳者はそれぞれ「珠玉の短篇」(藤沢),「宝石」(渡辺)と表現している。40年近い年月は,訳本が世に出された時代背景の違いだけでなく,読み手の「古典」に対する受け止め方も大きく変化させてきている。古典だけでなく,本離れ,活字離れも顕著になってきている現代において,古典的名著のもつ価値について,池澤夏樹氏は「知の仕事術」の中で,古典との付き合いを次のように述べている。
「古典を読むのは,知的労力の投資だ。最初はずっと持ち出し。苦労ばかりで楽しみは未 だ遠い。しかし,たいていの場合,この投資は実を結ぶ。つまり,たくさんの人が試み てうまくいったと保証されたものが古典と呼ばれるのだ。それはつまり,年齢と共に読 む力も伸びるということだ。世間知が増すにつれてあるいは人生の苦労を重ねた分だけ, 本の内容の理解も深まる。」
 
道徳教育論の授業での中で,「矛盾している」と声を発してくれた学生が,将来,珠玉の作品の中で語られている「探究のパラドックス(メノンのパラドックス)」に改めて出会う日が来ることを楽しみにしている。
 



 

【TORCH Vol.091】Strength Through Knowledge


                                               Jerry Parangi                                                
 


Before starting, I must give some insight into my past, so that you can understand why the book “Ka Whawhai Tonu Matou Struggle Without End,” by Dr. Ranginui Walker, had a profound influence on my life.
Kia ora (hello), my name is Jerry Parangi. I am Maori. I was raised in a Maori family with 3 brothers and 1 sister. We grew up in a poor coastal village with a small population of about 100 people, and everyone was related. We were also able to live off the sea and land. Having so many cousins next door was great! We always played outside using the trees for climbing and the sea for swimming. It was paradise and this was our Maori world. A lot of our learning as children came from our parents, but I was lucky to be raised with my grandparents. This was a very traditional practice where Maori culture was transmitted from our elders. I was exposed to Maori language and protocols; however I would soon learn that my Maori world view was not a universal view. 

My parents decided I should attend a separate elementary school to my cousins, so I was educated in a neighboring town. Maori were a minority group there, and the dominant culture was “pakeha,” (a person of predominantly European decent). (A Dictionary of the Maori Language, H.W.Williams, 1985). There was a huge cultural mismatch at school. Students sat on desks, and teachers touched our heads. These are considered culturally insensitive to Maori, and I always felt “out of place.” I remember my mother told me that they were physically beaten for speaking Maori at school. Institutionalized racism towards Maori back then and negative portrayal of Maori in the media, attributed to a stigma/shame for many of us in identifying as being Maori. 
 

In high school, our Maori cultural group seemed to be marginalized and “token,” only used on certain occasions. The Maori group was perceived as “uncool,” by some “Pakeha,” but more surprisingly many Maori felt the same. These negative perceptions affected our Maori group membership. It was frustrating that many felt this way, but I was determined to maintain my culture. 

After many years of struggling for Maori to be more respected in school, I decided to move. In my final year at high school, I attended a private Maori boarding school, located 400 km away from my hometown. The school had a strong emphasis on Maori culture and encouraged a Maori world view. This was one of the most challenging experiences that I had, but the sacrifice was worth it. I learnt so much about Maori culture and became a leader within our family. 
After graduating from high school, I studied a Diploma in Teaching at Auckland College of Education and a Bachelor of Education with a major in Child Psychology, a minor in Social Anthropology and Maori at Auckland University. It was impressive to meet many proud Maori, actively engaged there. 

At Auckland University, the most profound influence for me came when attending Dr. Ranginui Walkers’ lectures in my 1st year of studying Maori. The prescribed text was “Ka Whawhai Tonu Matou” Struggle Without End, by Dr. Ranginui Walker. A book that talked about pre-European contact of Maori through to early Maori contact with Europeans, colonization, implications of the British interventions and the progression of post-colonialism to the present day. 
The title of the book is the based on the famous proverb by the great chief Rewi Maniapoto, who was fighting against the New Zealand government troops in 1864, when called upon to surrender uttered the words, “ka Whawhai tonu matou ake ake ake,” meaning we will fight on forever. (Manuka Henare. 'Maniapoto, Rewi Manga', from the Dictionary of New Zealand Biography. Te Ara - the Encyclopedia of New Zealand, updated 30-Oct-2012).  

Struggle Without End,” gave me the knowledge to understand in depth Maori history and culture and the implications between Maori and Pakeha cultural world views. I gained confidence from the stories of struggle of our old people and the sacrifices made for future generations. I was able to process different world views in contrast to Maori. I found a new strength through this knowledge. I am confident and comfortable being Maori, and hope to teach as much about my culture while learning about other cultures too.  
References

Manuka Henare (2012) 'Maniapoto, Rewi Manga', from the Dictionary of New Zealand Biography. Te Ara - the Encyclopedia of New Zealand, updated

H.W.Williams (1985) A Dictionary of the Maori Language, 7th Ed, P.D HASSELBURG, GOVERNMENT PRINTER, WELLINGTON, NEW ZEALAND

2016年11月8日火曜日

【TORCH Vol.090】手塚治虫先生

末永精悦

 手塚治虫先生の誕生日は11月3日です。ご存命であれば、今年で満88歳となられます。残念ながら、平成の訪れとともに手塚先生は他界されました。しかし、いまだに手塚先生の作品は出版され続け、新たな読者をも得ています。その秘密はどこにあるのでしょうか。

 私が初めて読んだ手塚作品は、鉄腕アトム「アトム大使」の巻です。鉄腕アトムは光文社が発行している「少年」という月刊誌に連載されていました。「アトム大使」はその雑誌に昭和26年4月から連載され、昭和27年4月からは「鉄腕アトム」と題名を変え、昭和43年まで連載が続きました。ですから、正確に言えば、私が初めて読んだ手塚作品は、「アトム大使」です、とこの段落冒頭の一文を書かなくてはならないはずです。しかし、私は昭和30年生まれなので、リアルタイムで「アトム大使」を読むことはできなかったのです。カッパブックスという名で、「少年」に連載された人気漫画が作品ごとに単独で編集され、本誌と同じ大きさで発売されていました。昭和38年に鉄腕アトムがテレビアニメ化されたのを記念して、カッパブックスの鉄腕アトム版が増刷されました。全体を通しての題名が「鉄腕アトム」となり、記念すべき第1巻の第1話が「アトム大使」の巻という扱いになったのです。その第1巻を親におねだりして買ってもらい、私は読んだのです。鉄腕アトムの虜になるのに時間はかかりませんでした。

 鉄腕アトムを皮切りに、私は手塚作品にのめりこんでいきました。「ビッグX(エックス)」「0(ゼロ)マン」「マグマ大使」「W(ワンダー)3」「バンパイア」「どろろ」などを夢中で読みました。と言っても、全部を買って読むわけにはいきませんでしたので、友人と貸し借りしたり、貸本屋で借りたりして読み漁りました。その様子は、親に不安を与えてしまいました。何度も漫画禁止令を出されました。が、次第に親は何も言わなくなりました。あきれ返ってしまったのだと想像します。丸を基調とした清潔でスピード感ある画風が私の心をとらえて離さなかったのです。また、正義とは尊いものであるが、そう単純なものではないことを教えてくれたのです。

 そんな私が中学生になった頃、「火の鳥 黎明編」が「COM」という月刊誌で連載され始めました。「COM」とは手塚先生ご自身が立ち上げた虫プロ商事で発行した雑誌です。ですから、この雑誌では手塚先生はのびのびと自分の書きたい漫画を発表することができたのです。「火の鳥」が全世界の人々に読み継がれている要因のひとつと言えます。生命の神秘、生きる意義や使命、愛情、憎悪などについて、私が考えるきっかけを与えてくれたのです。この漫画を通して人生を学んだと言っても言い過ぎではないと断言できます。

 読書とは書を読むことです。それを通して私たちは自分を育てています。自分がこだわりたい作者あるいは作品を見つけられたら幸せだと私は思います。わたしが最も好きな手塚作品は「きりひと讃歌」です。

2016年10月24日月曜日

【TORCH Vol.089】こころを知るための本2冊 『こころを大切にする看護』『子は親を救うために心の病になる』


江口 千恵
 長いこと新幹線通勤であったので、あらためて在来線の通勤で驚く光景がある。ほとんどの乗客が見つめているのはスマホである。電車を読書の時間としているおとなの姿は少ない。そういいながら私も、かばんには文庫本は入っているものの老眼のせいで文庫本の文字がつらい。そしてハードカバーは重い。
 読書は、電車の時間やその待ち時間を楽しみに変える道具であった。電車に乗り遅れた残念な時間も本さえあれば怖くなかった。しかし今、本がスマホに変わった。
 そのことはしかたがないこととしても、本を読んでほしい理由がもう一つある。大学生に就職試験の指導をしながら感じることは、学生の言葉の持ち合わせが少ないことである。そのことで学生自身がじれったい思いをしている。自分の気持ちを伝える適切な言葉が見つからないとか、自分の今の状況を言葉で表現できないとかいう思いである。しかし、言いたいことがうまく表現できないと感じる経験は何も若者だけではない。私自身も感じることではある。この問題の対策として、私は本を丁寧に読み、書かれている言葉に心を止める経験が大切であると思う。人と話す経験も大切ではあるが、一瞬で消える言葉と立ち止まりかみしめることができる言葉とは違う。社会に出たら、なおさら自分の思いを適切な言葉で表現することが大切になる。ぜひ本とつきあってほしい。どんな本でもいい。図書館や書店の本棚の前に立つときっと手に取りたくなる本に出会うはずである。そして心に残る言葉と出会うはずである。

さて、せっかくの機会なので、わたしが何度も読んで、付箋やラインだらけにしている本を2冊紹介したい。

「こころを大切にする看護」  樫村通子
 親友の書いた本である。書いてほしいと言い続けたのは私である。そしてできてから何度も読んで付箋が加えられている。タイトルは看護の本のようであるが、援助職者のバイブルのような本である。生徒や学生の問題が見えないとき、自分自身の方向が見えないとき、職場や家族間の心のすれちがいやトラブルのとき、折に触れてその都度ページをめくっている。ユングやフロイトの理論が身近になる。
援助職である看護師や教師・介護士などが対人関係から生まれるこころの問題にぶつかったときに論理的に、その問題の本質や自分の心を守る方法を説明してくれている。それは、筆者の看護師と臨床心理士のキャリアだけではなく、自分自身の生きてきたすべての経験に裏打ちされたうえでの学問の構築が、その文章の奥行を作っている。
「人を助ける職業は、自分自身を大切にできないと、本当の意味で相手を助けることはできない」と述べている。 タイトルの大切にする「こころ」は相手のこころであり、自分自身のこころでもある。

「子は親を救うために『心の病』になる」  高橋克己
 衝撃的なタイトルで思わず買った本である。精神科医である筆者が臨床で出会った親子の様々なケースとともに親と子の在り方について説かれている。
生まれたときから赤ちゃんに備わっている体の機能を「生命システム」とし、社会に適応するために学んでいくであろう心の機能を「心理システム」と筆者は名付けている。
 「この心理システムを学び、作り上げていく時、母親が決定的な影響を与える。ひとは誰でも、ひとりの母親、ひとりの父親しか知らない。その親からの影響の大きさは、いくつになっても客観視できないものである。」とも筆者は述べている。自分の家や両親を客観視することで、自分自身の理解が深まる。そして、自分自身の自立にあり方を考えることにもつながる。心に突き刺さる言葉があるかもしれないが、重く抱えていた思いから解放される言葉に出会うかもしれない。自分自身の親との関係を振り返り、さらに自分と息子や娘との関係につながるたくさんの気づきがあった。