2016年11月8日火曜日

【TORCH Vol.090】手塚治虫先生

末永精悦

 手塚治虫先生の誕生日は11月3日です。ご存命であれば、今年で満88歳となられます。残念ながら、平成の訪れとともに手塚先生は他界されました。しかし、いまだに手塚先生の作品は出版され続け、新たな読者をも得ています。その秘密はどこにあるのでしょうか。

 私が初めて読んだ手塚作品は、鉄腕アトム「アトム大使」の巻です。鉄腕アトムは光文社が発行している「少年」という月刊誌に連載されていました。「アトム大使」はその雑誌に昭和26年4月から連載され、昭和27年4月からは「鉄腕アトム」と題名を変え、昭和43年まで連載が続きました。ですから、正確に言えば、私が初めて読んだ手塚作品は、「アトム大使」です、とこの段落冒頭の一文を書かなくてはならないはずです。しかし、私は昭和30年生まれなので、リアルタイムで「アトム大使」を読むことはできなかったのです。カッパブックスという名で、「少年」に連載された人気漫画が作品ごとに単独で編集され、本誌と同じ大きさで発売されていました。昭和38年に鉄腕アトムがテレビアニメ化されたのを記念して、カッパブックスの鉄腕アトム版が増刷されました。全体を通しての題名が「鉄腕アトム」となり、記念すべき第1巻の第1話が「アトム大使」の巻という扱いになったのです。その第1巻を親におねだりして買ってもらい、私は読んだのです。鉄腕アトムの虜になるのに時間はかかりませんでした。

 鉄腕アトムを皮切りに、私は手塚作品にのめりこんでいきました。「ビッグX(エックス)」「0(ゼロ)マン」「マグマ大使」「W(ワンダー)3」「バンパイア」「どろろ」などを夢中で読みました。と言っても、全部を買って読むわけにはいきませんでしたので、友人と貸し借りしたり、貸本屋で借りたりして読み漁りました。その様子は、親に不安を与えてしまいました。何度も漫画禁止令を出されました。が、次第に親は何も言わなくなりました。あきれ返ってしまったのだと想像します。丸を基調とした清潔でスピード感ある画風が私の心をとらえて離さなかったのです。また、正義とは尊いものであるが、そう単純なものではないことを教えてくれたのです。

 そんな私が中学生になった頃、「火の鳥 黎明編」が「COM」という月刊誌で連載され始めました。「COM」とは手塚先生ご自身が立ち上げた虫プロ商事で発行した雑誌です。ですから、この雑誌では手塚先生はのびのびと自分の書きたい漫画を発表することができたのです。「火の鳥」が全世界の人々に読み継がれている要因のひとつと言えます。生命の神秘、生きる意義や使命、愛情、憎悪などについて、私が考えるきっかけを与えてくれたのです。この漫画を通して人生を学んだと言っても言い過ぎではないと断言できます。

 読書とは書を読むことです。それを通して私たちは自分を育てています。自分がこだわりたい作者あるいは作品を見つけられたら幸せだと私は思います。わたしが最も好きな手塚作品は「きりひと讃歌」です。

2016年10月24日月曜日

【TORCH Vol.089】こころを知るための本2冊 『こころを大切にする看護』『子は親を救うために心の病になる』


江口 千恵
 長いこと新幹線通勤であったので、あらためて在来線の通勤で驚く光景がある。ほとんどの乗客が見つめているのはスマホである。電車を読書の時間としているおとなの姿は少ない。そういいながら私も、かばんには文庫本は入っているものの老眼のせいで文庫本の文字がつらい。そしてハードカバーは重い。
 読書は、電車の時間やその待ち時間を楽しみに変える道具であった。電車に乗り遅れた残念な時間も本さえあれば怖くなかった。しかし今、本がスマホに変わった。
 そのことはしかたがないこととしても、本を読んでほしい理由がもう一つある。大学生に就職試験の指導をしながら感じることは、学生の言葉の持ち合わせが少ないことである。そのことで学生自身がじれったい思いをしている。自分の気持ちを伝える適切な言葉が見つからないとか、自分の今の状況を言葉で表現できないとかいう思いである。しかし、言いたいことがうまく表現できないと感じる経験は何も若者だけではない。私自身も感じることではある。この問題の対策として、私は本を丁寧に読み、書かれている言葉に心を止める経験が大切であると思う。人と話す経験も大切ではあるが、一瞬で消える言葉と立ち止まりかみしめることができる言葉とは違う。社会に出たら、なおさら自分の思いを適切な言葉で表現することが大切になる。ぜひ本とつきあってほしい。どんな本でもいい。図書館や書店の本棚の前に立つときっと手に取りたくなる本に出会うはずである。そして心に残る言葉と出会うはずである。

さて、せっかくの機会なので、わたしが何度も読んで、付箋やラインだらけにしている本を2冊紹介したい。

「こころを大切にする看護」  樫村通子
 親友の書いた本である。書いてほしいと言い続けたのは私である。そしてできてから何度も読んで付箋が加えられている。タイトルは看護の本のようであるが、援助職者のバイブルのような本である。生徒や学生の問題が見えないとき、自分自身の方向が見えないとき、職場や家族間の心のすれちがいやトラブルのとき、折に触れてその都度ページをめくっている。ユングやフロイトの理論が身近になる。
援助職である看護師や教師・介護士などが対人関係から生まれるこころの問題にぶつかったときに論理的に、その問題の本質や自分の心を守る方法を説明してくれている。それは、筆者の看護師と臨床心理士のキャリアだけではなく、自分自身の生きてきたすべての経験に裏打ちされたうえでの学問の構築が、その文章の奥行を作っている。
「人を助ける職業は、自分自身を大切にできないと、本当の意味で相手を助けることはできない」と述べている。 タイトルの大切にする「こころ」は相手のこころであり、自分自身のこころでもある。

「子は親を救うために『心の病』になる」  高橋克己
 衝撃的なタイトルで思わず買った本である。精神科医である筆者が臨床で出会った親子の様々なケースとともに親と子の在り方について説かれている。
生まれたときから赤ちゃんに備わっている体の機能を「生命システム」とし、社会に適応するために学んでいくであろう心の機能を「心理システム」と筆者は名付けている。
 「この心理システムを学び、作り上げていく時、母親が決定的な影響を与える。ひとは誰でも、ひとりの母親、ひとりの父親しか知らない。その親からの影響の大きさは、いくつになっても客観視できないものである。」とも筆者は述べている。自分の家や両親を客観視することで、自分自身の理解が深まる。そして、自分自身の自立にあり方を考えることにもつながる。心に突き刺さる言葉があるかもしれないが、重く抱えていた思いから解放される言葉に出会うかもしれない。自分自身の親との関係を振り返り、さらに自分と息子や娘との関係につながるたくさんの気づきがあった。

【TORCH Vol.088】学生の皆さんにお薦めしたい一冊「修身教授録」

紀野國 宏明

去年の春、仙台市内の病院に急遽入院することになった兄のお見舞いに行ったところ、ベットに横になっていた兄が「これ読んでみろ、面白いぞ」と言って私に一冊の本を手渡してよこした。
これまで大変忙しく働いていた兄だったので入院の退屈しのぎに読んでしまった本を私にくれるのだろうくらいの気持ちで軽く受け取ったが、見ると「修身教授録」との題名、何やら戦前の古めかしい匂を感じた。
とはいっても、食道ガンで入院した兄がわざわざくれるというのだから、私は素直に受け取り、簡単なお礼を言って家に持ち帰えった。
当時の私は、まだ教育の世界とは似ても似つかない組織で働いていたので、万が一にも自分が教員になるなどとは全く想像もしていなかったし、ましてや兄が逝ってしまうとは考えもしなかった。
今になってみると、もしかしたら兄は私が教員になることを予知していたのか、予感でもあったのかと思ってもみるが、何とも不思議な、この本との出会であった。
そのうち気が向いた時にでも読めばいいだろうくらいの気持ちで持ち帰ったのだが、ページをめくって読んでみると、私は、たちまちこの本の魅力に引き込まれてしまった。その一節一節に心から感動し、夢中になってしまったのだ。
この本は、森信三という先生が、京都大学哲学科を卒業し、大阪の天王寺師範学校で講師をされていたとき、教師の卵である学生に行った講義の記録である。
私がたちまち引き込まれてしまった理由は、おそらく、だれでも一生に一度は考え、悩むであろう事柄について、森先生は一つ一つ真正面から取組み、決して逃げず、丁寧にわかりやすく学生たちに講義されている様子が、生き生きと記述されているからだと思う。それは、間もなく定年退職を迎えようとしていた私にさえも、はっきりと伝わってきた。
森先生が講義された人生において大切な事柄の一つ一つは、実は、私がことごとく色々と理由をつけては後回しにしてきたことばかりだった。考えること自体から逃げ、私自身がいい加減で安っぽい生き方をしてきたことに改めて気付かされ、そのことを心から恥ずかしくさえ思った。
まさに世にいう「教師」とは、このような方を言うのだろうと思うと同時に、その偉大さといったようなものを感じた。

論より証拠ではいが、ここで、その一文を紹介する。

「第2講 人間として生まれて」

さて、諸君らは大部分の人は、大体今年18歳前後とみてよいでしょうね。してみると諸君らは人間としての生を受けてから、大体16,7年の歳月を過ごしたわけであります。
ところが、それに対して諸君は、一体いかなる力によって、かくは人間として生をうけることができたかという問題について、今日まで考えてみたことがありますか。
今ここに諸君らと相見えて、互いに研修の第一歩を踏み出すに当たっては、諸君たちが受け入れると否とにかかわらず、どうしてもまずこの問題から出発せずにはいられないのです。われわれ人間にとって、人生の根本目標は、結局は人として生をこの世にうけたことの真意を自覚して、これを実現する以外にないと考えるからです。そして互いに真に生き甲斐がある日々を送ること以外にないと思うからです。・・・ところがそのためには、われわれは何よりもまず、この自分自身というものについて深く知らなければならぬと思います。言い換えればそもそもいかなる力によってわれわれは、かく人間として生をうけることができたのであるか。私たちはまずこの根本問題に対して、改めて深く思いを致さなければならぬと思うのです。・・・

といった具合で、森先生の講義が進んでいくのだ。
これを読み始めた私は、当時、この講義を受講した学生たちも同じ気持ちだったに違いないと思いつつ、森先生の講義にみるみる引き込まれていった。
この本は、人生の終盤に差し掛かった私のような者にさえ、改めて人生の深さに気付かせ、そして多くの真理を提示してくれている。

学生の皆さんに、是非、一度、手に取って読んでみて欲しい一冊です。 

お勧めの図書 「修身教授録」

著者 森信三
発行者 藤尾英昭
発行所 致知出版社

2016年10月3日月曜日

【TORCH Vol.087】「三国志」に関係する5種類の本について

菊地 博

 今回「書燈」に原稿を寄せるということになって,文章を書くことの得意でない私はかなり悩みました。自分が本の紹介や書評めいたことを書けるのだろうかと。けれども,逃げるわけにもいかず日にちも迫ってくるので,なんとか書くしかないと思い,自分が何度か読み返したりしてきた「三国志」に関係する5種類の作品を取り上げることにしました。皆さんご存知の有名な話なので,改めて皆さんに新しい知見や素晴らしいものをお示しすることはできないと思いますがお許しください。

 5種類の作品とは,まず吉川英治の「三国志」,つぎに北方謙三の「三国志」そして陳舜臣の「諸葛孔明」さらに井波律子の「三国志名言集」最後に三国志新聞編纂委員会編の「三国志新聞」です。

 そもそも私が「三国志」に初めて接したのは,小学校高学年の頃の少年向けの読み物でした。その時は筋を追うことが主体で,劉備たちがどうなっていくのかを中心に読んでいたような気がします。もちろん判官びいきの例にもれず,とにかく,劉備よ負けるな,孔明よなんとか策をめぐらせろと思っていたわけです。その時の幼いながら,わくわくしたりした経験が,大人になってからの読書に結びついていったと思います。その後,吉川本の「三国志」には高校生の時文庫本で出合っているのですが,さすがに大人の読む物になると面白い,とは思ったものの,どういう訳か小学校の時のような興奮を覚えませんでした。
 しかし,就職した次の年,昭和54年7月頃に「講談社が,吉川英治全集を新装版で毎月一冊ずつ発刊する」旨の広告が新聞に載りました。しかも第1回配本は,全集の第21巻となる「三国志」から始めるとありました。(もちろん全集の売れ行きに大きく影響する大事な第1回配本ですから,一番売れ筋になりそうな「三国志」を選んだわけでしょう)それを見て私は学校に出入りしていた書店にすぐさま申し込みをしました。いよいよ10月になって学校にいる私の手元に本が届いてみると,まず装丁が素敵で,気に入りました。(いかにもミーハーな私です。)そして家に帰って読み始めるとどうでしょう,高校生の時とは違って,小学校の時以上に引き込まれていきました。その夜は,夢中になって3時ころまで読んでしまいました。(当時は1,2,3年生の英語を全て一人で教えていたので,その準備のため読み始めるのは9時,10時でしたので,たくさんは読めないのです)また次の日も夢中になってしまい,3時ころまでということを一週間ほど続けて1冊を読み終えました。それからは,毎月の配本が楽しみで,本が来るのを待ちかねて「三国志」の世界を楽しみました。作品の世界に引き込まれ,登場人物と一緒に泣いたり喜んだりして,4か月の楽しい読書期間となりました。この時の体験のおかげで,その後先にあげたような作品を買って読むことになります。
 吉川英治の「三国志」と北方謙三の「三国志」を比べると,流れるような美文調と感情移入を誘う吉川流と,作者の思いは示しつつも淡々と冷厳に事実を述べて読者に判断の余地を残す北方流の違いが,私には感じられます。たとえば,それぞれの作品の始まり方にそれが表れていると思われます。吉川は,むしろ売りをしてためた貴重な金を持って病身の母のための茶を求めに来た劉備が,賊につかまったことが元で張飛に出会い仲間になるくだりから始めています。一方北方は,すでに仲間である劉備と関羽張飛らが,600頭の馬を約束をきちんと守って送り届けるところから始めています。吉川の文を読むと,劉備の優しさと粘り強さが一番に感じられ,一方,北方の文では,劉備の信義を最も大切にする剛毅な心が伝わってきます。この差が最後まで二つの作品の差になっているように思われますが,どちらが良いというのではなく,どちらも良いと思わせてくれるのは,二人の作家の力のすばらしさと人柄の力というものであるように思います。どちらの作品も最後は,孔明の死を描いて終わっていますが,吉川の文では,部下に囲まれて静かに息を引き取ります。一方,北方の文では,孔明が部下に知られずに一人で亡くなります。この辺りも,二人の描き方の違いとして面白いように思います。
 さて,陳舜臣の「諸葛孔明」は,もちろん,孔明から見た三国志ということになります。亮という字が「明るい」という意味を持ち,孔明という名が「はなはだ明るい」という意味を持つというところから始まりますが,こちらは吉川や北方の作品ではあまり前面に出てこない孔明を描いています。私が一番驚いたのは,長身の孔明の妻もまた長身で,彼と同じように(当時としては珍しく)物を発明したり策を講じたりするのが好きで,それを夫に対等に話すことです。もちろんこれは創作の世界であり本当にそうであったかどうかはわかりませんが,それを差し引いても面白く感じました。クライマックスである最後の五丈原を描く場面では,彼が貫き通した主君への思いとそれがかなわないと分かっているつらさが,孔明の人間としての美学を感じさせつつ,他の作品同様静かに幕を閉じています。
 井波律子の「三国志名言集」は羅漢中の「三国志演義」を基にして,名場面を名言で紹介しながら,読み進むうちに三国志の大きな流れをたどることができるようになっています。井波氏は筑摩書房刊の「三国志」の共訳もされている方です。「演義」を基にしていることから,漢文調の歯切れと調子の良い名言名文に触れられるのが特徴です。
 最後は三国志新聞編纂委員会(日本文芸社)による「三国志新聞」です。名前と装丁だけですとトンデモ本のように見えますが,そういうわけではなく,ビジュアルを使っているため分かりやすいという特徴があります。この作品は,中国のテレビ局が作成した「三国演義」というビデオを基にした写真を入れて作った見開き2ページで一つの事件を報じた新聞という形式になっています。まあ,半分受け狙いのようなところもありますが,面白い作品です。
 さて,ダラダラと文を続けてきましたが,「三国志」はたくさんの作家の作品があるだけでなく,漫画やゲームにもたくさん取り上げられています。登場人物の多彩な人物像やその交流の美しさ、権謀術数等,魅力は数え上げたらきりがないと思います。そして細部には創作があったにしても,大筋このようなことが現実にあったということが一番の魅力だと思います。そして,どの作品に触れても,劉備と孔明らが守ったは蜀は魏に下り,その魏も曹家から司馬家へと政権が移ってしまう歴史を知っているだけに,万物流転,諸行無常の思いを感じながらも,登場人物の素晴らしさ,生きざまに惹かれるのではないでしょうか。

2016年6月28日火曜日

【TORCH Vol.086】西嶋大美・太田茂著『ゼロ戦特攻隊から刑事へ』 (芙蓉書房出版,2016年6月)≪書 評≫

                                          中井 憲治
 平成28年6月新刊の本書は,無名の剣士・大館(おおだち)和夫(かずお)の語りを収録。8日の読売夕刊が「死と隣り合わせの人生,本に」,14日の朝日夕刊が「特攻隊員から刑事,剣道指導者へ。前へ前へ,戦友の分まで」と報道,22日の毎日朝刊コラムも「私は仕事をし,結婚し,家族もできた。でも,国のためという命令に従い,潔く死んだ戦友たちにその人生はなかった。戦後はどんな苦しい目に遭っても,生きた者の務めだ,と思えた」と語る大館を紹介するなど,多くの関心をあつめています。私も剣道を愛する者のひとりとして本書を読みました。

 この本には貴重な写真が掲載され,主人公・大館の思いをより深く伝えます。目をこらして,冒頭の大館日誌の写真をご覧ください。「文は人なり」といいますが,日誌の内容はもとより筆跡も,お人柄をよく表しています。同じ頁に昭和20年5月「戦闘詳報」の写真があります。「爆装 二飛曹長・大館和夫」「全航路敵ヲ見ズ石垣基地」とのメモ行間の意味を,そのとき大館少年が,どのような思いで空を飛んでいたか,皆様それぞれの見方で推しはかりながら,素直に心で感じていただければ・・と思います。


 
           無名剣士の見事な生涯剣道

 本書は,90歳の現役剣士・大館和夫が語る生涯剣道の実践録である。大館は16歳で予科練に入隊,少年航空兵となった。昭和19年8月,全財産を落下傘バッグに入れてゼロ戦の操縦席後ろにくくりつけ,戦地台湾に飛ぶ。フィリッピン転戦後,17歳で特攻隊員となった。大館は訥々(とつとつ)と,少年の視座から見たゼロ戦特攻の記憶から語りはじめ,敗戦で復員し警視庁刑事となり,亡き戦友への鎮魂の思いを秘めつつ,強く真っすぐ生きた軌跡,刑事退職後の企業勤務と御令室介護の間も精勤した少年剣道指導等の日々を,目の当たりに再現して語る
 満天の星明かりの下のクラーク基地,ゼロ戦搭乗員・総員集合の異様な雰囲気の下,名乗ることなかった海軍高級将校が「特攻の趣旨をよく理解して賛同してもらいたい。命令ではない。諸君の意志で決めてもらいたい」と志願を求める。当初,手を上げる者は皆無だったが,屹立(きつりつ)する体が硬直し揺れはじめたとき,別の匿名高官が「趣旨に賛成する者は,挙手の表示をしてもらいたい」と,強い声を発した。その後の状況につき,大館は

≪前の数人かが,ゆっくりとおずおずしているような動作で,手を途中まで上げかけた。つられるようにして後ろの幾人が上げ始めた。それに合わせて,残った者がパラパラと手を上げ,結局全員が挙手した。私も上げた。そのとき,私はなぜか空を見上げた。手の先に,南十字星が強い光を放っていた。「あと幾晩この星を見て寝られるのかな。あと何日かすれば,おれはもうこの世にいないんだな」との思いが突,頭をよぎった。あの星の輝きは目に焼きつき,七十年以上たっても忘れることができない≫
 
と回顧する。大館が昭和20年8月,第八回目特攻の離陸寸前,玉音放送で生還し得たときは弱冠18歳。多くの戦友を次々に失う第一線の戦場,生死の境に少年の身を置きつづけ,そして,生き永らえた。奇跡というほかない。
 大館は11歳で剣道をはじめた。19歳で奇跡の復員をし得た後,好きな剣道ができる警視庁に奉職。刑事の激務のさなかも朝稽古は継続し,数々の事件で手腕を発揮した。「捜査は窃盗にはじまり窃盗におわる」というが,大館は,首都盗犯捜査の中核たる警視庁刑事部捜査第三課管理官をもって退職。基本に忠実な剣道を実践する大館に,含蓄(がんちく)の人事であったやに感じる。退職当日の夕刻,ふらりと訪ねた地元小学校。その日から少年剣道の指導をはじめ,爾後,御令室介護の間も含めて31年余,剣道一筋の生き様だ。「仕事がどんなに忙しくても稽古はできる。出席簿はいらない,欠席簿でいい」と語る警視庁朝稽古,これと共に地元少年剣道でも抜群の出席率だ,と聞く。大館は90歳の今も週数回の稽古をつづけるが,段位取得には拘泥(こうでい)しない。「少年の稽古を指導するなら段位も意味あるか」と七段までは取得したが,それで十分と考え,一度も八段を受審しない。市井で一灯照隅する剣士で了されるつもりだ,とかねて拝察した。
 
 本書は,朝稽古で大館に打込み稽古を願うジャーナリスト西嶋大美(元・読売新聞記者)と早稲田大学法科大学院教授太田茂(元・京都地検検事正)が協働して執筆した。2年間22回合計70時間を超えて協働し,聞取り取材を行った成果を,更に吟味し協議して取りまとめた労作である。数十年前の記憶を昨日のそれの如く再現し得る類いまれな記憶力,長年克明に記す日誌等に基づく大館の語りは,それ自体で第一級資料と評し得る。練達の著者らは,これを録音して書き起こし,各知見を活かし多くの参考文献と照合するなど,記憶の正確性吟味と再現検証に一層努めた。さらに,執筆に際し参考文献の掲記はもとより,語りの意図をよく理解させるべく,背景事実や史実を適宜注記するなど,学術論文作成の手法を用いた。出自と個性を大きく異にする両著者は,分担執筆した初稿につき,多数回ねばり強く協議し推敲(すいこう)を重ね,高校生にも理解できるよう平易に,全体の文体を統一。その上で大館の数次のチェックを経,本書は完成を見た。共著に係る出版物は多いが,本書のように学識経験豊かな執筆者が,徹底して自己主張を抑え,大館の語りの正確な再現に専ら配意した協働作業それ自体すばらしく,多くの類例見いだしがたいやに思う。主人公・大館と両著者の剣ヲ(まじ)エテ()シムヲ知ル(こう)(けん)()(あい),剣縁の功徳であろう。
 
 本書は,少年特攻隊員の貴重な歴史資料であるとともに,刑事そして民間人として生涯剣道を見事に実践した記録として第一級のものだ,と思う。剣道の目的は,優勝試合の勝ち負けでも,高い称号段位の取得でもない。剣の理法の修錬による人間形成の道だ。大館は無名だが,その道を歩みつづける剣道人。「剣道専門家として身を立てたいとまでは思わなかった。ただ,剣道が好きで仕方なかった」と語る大館剣士の生き様とその生涯剣道の具体的実践の様を一読するや,類書の中で最高の評価に値する,と直感した。武道を愛好する大学生や高校生を含め,広く多くの諸賢に読んでいただきたい良書である。
 なお,本書は,敗色濃い昭和20年2月「昭和天皇の実弟・三笠宮親王(陸軍籍)と思われる人物」が密かに鹿児島から海軍機で上海に飛ばれた際の護衛飛行についても記述。この護衛飛行に関する事実は,本書が初公開したものだ。執筆者は,日中和平交渉にからんで三笠宮親王が上海に赴かれたか,と推論する。当該事実は現代史の研究対象に値するやに思われ,本書の学問的価値という視点から最後に記しておきたい。
 
   ≪仙台大学理事・客員教授(現代武道学科),元・法務総合研究所長≫

2016年4月11日月曜日

【TORCH Vol.085】本を読まない理由

金 賢植

「開巻有益」:本を開けば必ず得るところがある。

大学生の読書時間の減少が浮き彫りとなっていることから、読書の楽しさ、重要性、本を読む方法などの読書に関する論議が高まっています。統計をみると、2014年に公表された「第49回学生生活実態調査」の報告では、全国の国公立、私立大の学部学生8,930人の1日の読書時間は、平均26.9分という結果が報告されており、読書時間ゼロの学生は、40.5%に達したということです。この結果は、かなり深刻な問題だと思われます。   

本を開けば必ず得るところがあるのに、われわれは、なぜ、本を読まないことになったのか。大部分の学生は、「本を読む習慣が身についていないから」「読む時間がないから」「本ではなくてもスマートフォンやタブレットから簡単に必要な情報を得ることができるから」と回答すると思います。

私は、われわれが本を読まない理由について考えてみました。その結果、

一つ目、単に文字を読むことだけだったのかもしれません。本を読む時間の大部分を、教科書などを学習資料の読む時間に費やし、試験に必要な本だけを読むことが多かったのだと思います。試験用の本と問題だけを見て育った世代にとって、自発的な読書は、かなり難しいことかもしれません。

二つ目、書くことに慣れていないということがあるかもしれません。読書が強調していますが、作文には、興味が涌かないのかもしれません。作文とは、本人の考えを自分の言葉でまとめる技術と言えます。作文を書くためには、本のジャンルに関係なく、多くの読書量と様々な経験が必要です。

読書と作文は一つです。不可分の関係です。読書が、肥沃な土壌を作ることなら、作文は、丈夫な木を育てることです。木は自分自身です。どんな逆境にも揺れない木になるには、様々な本を読んで、自分の哲学を書くことです。決して、どちらも無視すべきではありません。

作文のために、本を読まなければならない。読書のためには、作文が必要です!

ps…..卒論の指導をして感じたことは、「自分の考え方を文字に書けない」ことです。読書と作文は不可分の関係なので、多くの本を読むと役に立つと思います。

【TORCH Vol.084】医療従事者以外でも読みやすい救急対応の本の紹介

福田 伸雄

先日、県内の介護保険施設に勤務する介護職従事者を対象に救急対応の研修会を行った。研修会を開催するにあたり、救急対応に関する様々な書籍を読んだ。介護職従事者にも読みやすい救急対応の書籍を探したが、医師や看護師といった医療職を対象にしたものしか見当たらず、困っていた時に、医療職以外でも分かりやすく書かれている本を発見した。それが今回紹介する「いざというときに役立つマンガでわかる救急・救命処置―パワーアップ版」である。

救急とは、突然の病気や怪我などによって引き起こされる生命や身体を脅かす危機的状態であり、場合によっては、そこに居合わせた人によって予後が大きる変わる可能性があることを私はこれまで救急看護の臨床場面で目にしてきた。本書は、歯科衛生士を目指す主人公のユキとその家族が経験する救急場面をストーリーマンガで解説しているため、専門職以外の人にも分かりやすく書かれている。そのため、救急場面に遭遇する可能性のある介護福祉士を目指す学生、教職を目指す学生、スポーツの指導者となる学生などにお勧めしたい本である。